小説

『永遠回帰』北山初雪(『人魚姫』)

 しまったという顔をしてこちらを見てくる。手には画材道具とスケッチブックだ。どうやらこれを取りに来たらしい。
 まさか目が覚めて一番に会えると思っていなかったので何も言えずにいると、彼女が逃げるように立ち上がった。
「待って」
 咄嗟に口をついて出た言葉に、彼女がびくりと肩を震わせた。
「ずっと見てたんだ。君のこと」
「変態じゃなくて、ストーカーなのか?」
 明らかに警戒している彼女の顔を見つつ、僕はため息をついた。
「違うよ。あれは不可効力で。そうそう、その絵見たよ。すごくきれいだった」
「ずっと見てた?」 
 明らかに彼女は、僕のことを不審人物と思っていそうだ。
「そうだよ。君はたまにここに来て、絵を描いてたでしょ?」
「そんな、誰もいなかったはずなのに」
 彼女の顔がどんどんと青ざめていく。
「海から見てたんだよ。とは言っても、僕には見向きもしなかったけれどね」
 口を尖らせて僕が言うと、彼女は益々困惑した顔をした。
「海から? 君は一体」
「ああ、僕は人魚なんだ」
 簡単に種明かしをすると、彼女は一度だけゆっくりと瞬きをした。
「人魚?」
 そこまで彼女は驚かなかった。ほら、やっぱり人魚っていうのは人間社会にだいぶ浸透しているんだ。
「そう、人魚だからずっと見てたんだよ」
「君はそれを、本気で言っているのか?」
 彼女が眉を吊り上げながら聞いてくる。この表情は、ちょっと雲行きが怪しくなってきたみたいだ。でも、僕は嘘は言っていない。
「本気って、本当だからだよ」
「証拠は?」
「証拠かあ。まだ夜にならないからヒレは出せないよ」
 この分だと人魚に戻るのは明日の朝ぐらいかもしれない。それまで彼女が待っていてくれたら話ははやいのだけれど。
 彼女はしばらく黙り込み、そして、
「今後一切、私に近づかないでくれ」
 それだけ言って、去ってしまった。
 やっぱり今日は散々な日だ。もう良い。このまま寝てしまおう。

「おい! 起きてるのか? それとも死んでるのか?」
 そんな物騒な言葉で目が覚めると、あの女の子がいた。
「死んではないかな。ちょっと息苦しいけど」
 水が欲しい。干からびそうだ。
 起き上がろうとして、起き上がれなかった。
「そっか。人魚に戻ったのか」
 道理でウエストの部分がきつくて、片方の足のところだけが膨れ上がっているはずだ。

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