小説

『芋虫から生まれた少女』志田健治(『桃太郎』)

 彼らはまだ外で飲んでいるはずだった。一番小さな葉流は既に眠り、龍一は子ども用テントで携帯ゲームに勤しんでいた。琉音も一緒にゲームをしていたらしいのだが、急に思い立って、とっておきの芸を侑に見せるために大人テントに突入したのだ。もちろん侑は外で常連二人と酒を飲んでいたが、強引な琉音は侑をすぐさま拘束したのだ。

 くすぐり攻撃に決めた。琉音は英国コメディアン顔負けの形態模写を披露した。一瞬の気の緩みもなく、ターゲットを追いつめた。その最後までやりきるぞという集中力には侑もある種の敬意を覚えた。それならそれでこちらにも考えがある。侑は琉音が得意とする幽霊の声を少しだけ真似て、くねくね動く小さな寝袋をつかまえた。
「こちょこちょこちょこちょこちょ」
 出来る限りの高音で叫びながら、上から下まで満遍なく、くすぐった。寝袋は意外と分厚く、中の琉音までは届かなかった。すぐに指の圧を強める必要があった。すると、押せば鳴く豚のぬいぐるみのように反応が帰ってきた。侑はすっかり面白くなり、パン生地をこねるように寝袋をくすぐり続けた。
「まいった! まいった!」琉音が言った。「暑い……ちょっとタイム。今出るから、ちょっと待ってて……」
 ボサボサの髪の毛の少女が中から出てきた。洋服はよく乾いているが、その中は汗をかいてそうだった。バーベキューの炭の匂いがした。
「はー……」と琉音はため息をつく。
「だいじょうぶ?」と侑は聞く。
「あたしくすぐり弱いんだ」
 侑はこれまで子どもと遊んだことがなかった。姉に三人の子どもがいるが、久しく会っていない。侑が出会った子どもたちは、次に会った時は子どもではなくなっていた。それだけ侑は、一族とも、子どもとも疎遠だった。
「のどかわいた」琉音が言う。
「何か飲みに行こう」侑が言って、外に連れ出す。
 菅原と武井が薪の炎を囲む。手にはプラスチックのコップ。氷と透明の液体が揺れる。ヒッピー風の友愛な笑顔が二人の顔を双子に変える。
「お父さん、のどかわいた」琉音が言う。
「なんか自分で勝手に飲めよ」菅原が言う。
「えー」と不満そうな顔をして侑に言う。「なんか作って、バーテンダーでしょ?」
「お、いっちょまえに知ってるね」と武井が言う。
「あたし、あれがいいなー。オレンジとー、ファンタとー、クーとー、アップルとー」
 侑は指示通りにジュースを混ぜる。一応シェイカーも持ってきたので、氷を入れて振り混ぜて、ビニールコップに注ぐ。
「はい」と出す。
 琉音は喉を鳴らして飲む。
「ほとんどオレンジじゃん!」と言う。
「侑くん、お父さん達とまだお酒飲むから、琉音、もうテント行って寝なさい」と菅原は言う。
「まだ寝ないよ。龍一とゲームする」そう琉音は言って、ほとんどオレンジを飲み干す。
「夜中、おしっこ行きたくなるぞ」と武井は言う。
 琉音は侑の耳元に、「その時は一緒に行ってね」と言う。侑は笑って頷く。

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