小説

『てぶくろを編んで』とみた志野(『手袋を買いに』新美南吉)

翌朝、透はいつもより1時間早く店に出勤した。
表とびらのシャッターを開けると
昨日降った雪に反射した鋭い太陽の光が目につきささった。

透は商品を大きいものと小さいものに分類し、棚を整理し始めた。
奥の方に眠っていた毛糸の玉をとりだし、埃を払った。
「おいおいどうしたんだ?」
やっさんが不思議そうな顔で出勤してきた。
「うちは早朝手当つかないぞ」
「大丈夫です。ちょっと気になったものですから。」
「そうか?」
訝しげな表情で見ているやっさんに透は色あせて浮世絵のような青になった毛糸をかかげた。
「あの、この毛糸、買い取っていいですか?」
「あぁ、やるよ。どうせこの先も売れんだろ」

ずっと忘れかけていた、忘れようとしていた昔のことを思い出して透はなんだか楽しい気分になっていた。
辛く、敗北感しかないと思っていた出来事は思い出してみると不思議とわくわくしたことに変わっていた。

やっさんがいつも通り時間ぴったりに帰ってしまうと透は布団をひとつひとつ検品してまわり時間をつぶした。

きっと今夜もくる。

コンコン コンコン
「はい、どうぞ」
昨日と同じように裏口のドアがすこしだけ空いてお金を握った手が差し伸べられた。
昨日と違うのは今度はちゃんと手袋をしている手だった。
でもその手袋はところどころ擦り切れて穴があき、指が見えていた。
餅のつき過ぎだな、と透は思った。
「てぶくろをください・・これみたいなあったかいてぶくろ」

透は用意していた浮世絵色の青い手編みの手袋を手に乗せてやった。
昼の休憩時間にごはんも食べず必死で編んだものだった。

1 2 3 4 5