小説

『魔法は使えなくてよかった』白土夏海(『白雪姫』)

「綺麗とか美しいとか、そういう言葉って女にとっては魔法なの!みんな魔法かけてほしくて来てるの!料金はいわば魔法代なの!この世で一番美しいのは誰って聞くのは、あなたですよって言ってほしいからだし、思ってほしいからなんだからね!」
「そ、そっか」
「出来ないならやめた方が良いよ、ホスト」

 
 正幸の退職日は、雲ひとつない良い天気だった。僕は段ボールとガムテープのにおいが充満した、小さなアパートで、冷たい缶コーヒーを飲みながら一息ついていた。
「ごめんね加賀美くん、こんなん手伝ってもらっちゃって」
 申し訳なさそうに苦笑いをする彼に、気にするなと首を振ってみせる。
「いいって、どうせ休みだし」
「助かっちゃった。片づけ全然進んでなかったからさァ」
「まず荷物が多すぎんだって」
「そうだよなァ~、なんか捨てられなくってさあ」
 ろくに使っていないブランドものの腕時計。ジッポ。アクセサリー。スーツ。靴。客からのプレゼントがうじゃうじゃ出て来て、正幸はそれをなんだかんだで丁寧に段ボールに詰めていた。
「実家帰って何すんの?」
「んー、畑手伝いながら、取りあえず結婚かなあ」
「はっ?」
 吃驚してうわずった声を出す僕の前には、当たり前のような顔で紫煙をくゆらせる正幸がいる。
「売れ残っちゃってる幼なじみがいるんだよね。ブスだけど、おっぱいでかいし、地元いるころヤったことあるし、そのうちそいつんちの商売継ぐことになると思う」
「そ、それはすげえ話だな」
「田舎ってそんなもんだよ」
「へー……」
「加賀美くんの実家は?出身どこだっけ?」
 そう言えば聞いたことなかったねと、やはり当たり前のように問いかけてくるので、僕はコーヒーをすすりながら曖昧に口を開いた。
「わりと遠いよ」
「へー、帰んないの?」
「変わっちゃったからなあ」
「へえ、なんで?」
 僕のせいだとは言えなかった。乾いた笑いも似つかわしくなくて間をおいていたら、特に気にする風でもなく、正幸が再び問いかけて来る。
「地元、好きじゃないの?」
「そんなことはないけど」
「俺、加賀美くんは実家に良い人でもいるんだと思ってたわ」
「ははっ、なんでだよそれ」
「いや、加賀美くんってさ、客にさあ、当たり前みたいに、綺麗だよって言えるじゃん。世界一美しいって、ああいうおとぎ話みたいなやつ。この間志保ちゃんが言ってたの、あー加賀美くんそれだなって思って。魔法使いみたいだよね、加賀美くん」
 それでもナンバーワンじゃないけど、などと楽しそうに言うので、僕は正幸の頭を小突く。痛い痛いと大げさに抵抗しながら、彼は笑っていた。
「やめる俺が言うのもなんだけどさ、加賀美くんってホスト向いてると思うよ。でもやっば、適度に地元は帰った方が良いと思うけど」

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