小説

『魔法は使えなくてよかった』白土夏海(『白雪姫』)

 運良く物理的に砕かれることなく長生きしては来たけれど、あの王国の事件から精神は粉々に砕かれ、それから残りは破片のような日々を生きてきた。
「綺麗だよ、君が一番綺麗だ」
「ほんと~!すっごくうれしい~!」
 すべては僕のせいだ。
 僕がバカ正直に、世界で一番綺麗な人間の名前を教えてしまったせいだ。
 白雪姫。最も美しいその人物の所在を話したのも僕だ。問うてきた彼女に、あなたは美しいけれど、もっと美しい人がいるのだと、持ち上げてから叩き落としてしまったから、憂いは数倍に増してしまった。
「いつも可愛いよね。こんな可愛い人、今まで会ったことない」
「やだあ、もう~」
 結局、白雪姫は王子と幸せになったけれど、彼女を逃がした狩人は既に処刑されてしまっていたし、王妃を失った国には多くの革命が起きて、少なからず不幸になる人々は生まれてしまった。
「二番テーブル、ドンペリいただきましたーッ!」
「キャー!」
 あのころ、僕は愚かだった。
 融通が利かず、問われたことを問われたまま、包み隠さず話すことしか出来なかった。相手は僕をデータベースとしか思っていなかったのだから、そこで思いやる義務など僕にはないのだけれど、論理と倫理は別の話。度重なる罪悪感に苛まれ、自分自身に問いかける日々。

「俺、なんでこんなことやってんだろ……」
「は?」
 閉店後、珍しくアフターもない朝七時。出勤前のサラリーマンや、オール明けの大学生たちに混じり、吉野家で朝定食を食べていたところで、おもむろにそう切り出された。
「なんでこんなことやってんのかなあ」
「え、正幸、どしたの」
「だってさァ」
 本名、田中正幸。源氏名、リクト。傷んだ茶髪はだらしなく伸びているれど、くりくりとした大きな瞳と、すらりとした高い背丈は俗に言うイケメンのそれで、トップクラスとは言わずとも、店ではそこそこ人気があるホストだった。
「今日たっけェボトル入れてくれた客いたじゃん?」
「ああ、三番テーブルだろ?ここんとこしょっちゅうお前指名して来る客じゃん」
「それ。ねえ加賀美くん、あれどう思う?」
「どうって?払いがいい客ではあるよな」
 とろけたワカメの入った味噌汁をすすりながら答えれば、そうじゃないとわざとらしいため息をつかれた。
「あのババァ、バツイチ子持ちの派遣社員」
「そんなのよくあることじゃん」
「実家が金持ちなんだよね。ガキをそこに預けて、自分が稼いだ金はウチに貢いじゃってるらしいんだって」
「え、お前そういうの気にするタイプ?」
「いや、そうじゃなくってェ」

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