小説

『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)

 家に帰ったお爺さんは、その日のことを早速お婆さんに話しました。
「婆さんの言葉を思い出してな、おかげでなんとかなったわい」
 嬉しそうなお爺さんとは裏腹に、お婆さんは浮かぬ顔です。お爺さんはそれに気づいて声を落としました。
「しかし、すまんのう。酒も餅も、買ってはこれんかった」
「お爺さん、違うんですよ。お前さんは良いことをしたと思います。ただ、別のことが気になっているんです」
「別のこと?」
「今日お爺さんはお侍に笠をかぶせて、鉄砲撃ちから守りましたね」
「そうじゃな」
「西の国では、これからお侍に百姓の格好をさせるかもしれません」
「なんじゃと?」
 昼間の侍たちの顔が浮かびました。お婆さんは続けます。
「最初は西の国にとって上手く事が運ぶかもしれません。でも、そのうち東の国も、侍が百姓の格好をしていることに気づくでしょう」
「あっ」
 そこまで言われて、お婆さんの言わんとすることがわかりました。
「そうなると、同じ姿をした私らも、鉄砲撃ちの的になるかもしれません」
 お爺さんは驚いて、座ったままひっくり返ってしまいました。
「大変なことじゃ。良かれと思ってやったことが、おのれの首をしめることになってしまった」
「お爺さん、落ち着いてください。まだ何とかなるかもしれません」
「何とかとは、なんじゃ?」
 すがりつくように、お爺さんは尋ねました。
「それを今から、考えるんですよ」
 お婆さんはにっこりと微笑みました。

 
 次の日、二人は早くから村を回り、大人たちを家に集めました。
只事ならぬ二人の様子に、皆は静まり返っておりました。
 「みな、いくさで大変なときと思うが、わしの話をしっかりと聞いてほしい。村の命運がかかっておるのじゃ」
 お爺さんはお婆さんの口添えに助けられながら、事の次第を語りました。話が進むにつれ、場はざわつき始めました。
「それは確かに、わしらも危うくなるかもしれん」
「間違って撃たれれば犬死にじゃ」
「いよいよ表に出れぬとなれば、正月には飢え死だぞ」
 ひとしきり声が上げると、皆は行く末を思い、押し黙ってしまいました。
「そこでじゃ、婆さんと案じてみたのだが」
 二人がおもむろに打ち明けると、村の衆は腰を抜かしてしまいました。
「なんとまぁ、どえらいことを」
「だが、言われてみるとそれしかない。いや、しかし」
「確かに酷じゃが、わし等とて死にとうはない」
「そうじゃ、そもそもはいくさを始めた東と西が悪いんじゃ」
 またしばらく場は騒がしくなりましたが、やがて誰となく口を閉じ、二人に目を向けました。
「みな、決行ということで、よいか?」
 お爺さんの言葉にみなは黙って頷きました。

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