小説

『赤いブラジャー』五十嵐涼(『赤い靴』)

「いつまで寝ているんですか、起きなさい」
 聞き慣れない女性の声が耳をくすぐり、オレはゆっくりと目を開ける。すると、そこは家の天井なんかではなく絵はがきで見る様な美しい青空が広がっていた。
「こ、ここは?」
 口元をこぶしで拭きながら、上半身を起こす。寝ぼけ眼で辺りをキョロキョロと見渡すと、あり得ない状況にオレの頭が徐々に冴えていった。
「な、なんだ!?ここは雲の上か!?」
 オレが寝ていたのはマシュマロみたいな感触だが、見た目は確実に雲だった。そして上も右も左も、あとは青い空ばかり。
「そうですよ、雲の上です」
 後ろを振り返ると、お尻まである長い黒髪をポニテールにした白い着物姿の美人が立っていた。いや、美人なんて言葉では足りない。見た目の雰囲気だと20代前半だろうがやたら艶っぽく、そして何より放たれるオーラがそんな若い娘のものではなかった。もっと圧倒的な、なにかがあった。
「もしかして、ここって」
 自分が白装束を着せられている所から確実に分かってはいたが、一応確認として聞いてみた。
「そう、ここは天国的な所です」
 美女がにこりと微笑む。
「え?的な?的なって??ここは天国じゃないのか!?」
 彼女の微妙な言い回しに思わず聞き返してしまった。
「天国はもう少し先なので、ここは天国の手前…つまり天国的な所です」
「あ、はぁ」
 特別な名称でも付けてそれなりっぽくしてくれれば良いものを、なんとも微妙な場所だ。しかし、そこは敢えてツッコミを入れるのも失礼だろうから曖昧な返事で流しておいた。
「さて、ここでは天国に召される前にあなたの願いを何でも一つだけ叶えてあげようという素敵な場所です。さぁ、あなたの願いを一つだけ言ってごらんなさい」
 その慈愛に溢れた美しい微笑みから、羽は無いもののきっとこの人は天使なのだろうと思った。
(しかし、願いを一つと言われても…長年の夢だったブラの装着はもう叶えたし、いや、そのお陰で偉い目にあったし)
 いざ願いと言われてもこれといって思い付かずオレは首を捻った。
(もう死んでいるから宝くじが当たってもな…あ、でも、家族は当たれば喜ぶのか…家族といえばそういや、お袋が危篤と妻が言っていたが大丈夫なのか!?)
 お袋の事を思い出し、はっと顔を上げる。
「お袋!そういや、お袋はどうなったんだ!?お袋の容態を見たいんだが」
 すると彼女は一つ頷き、着物の帯に挿してあった扇子を引き抜く。
「それがあなたの願いという事でよろしいです?」
 扇子を指差す様にずいとオレの顔に向けてきた。

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