小説

『赤いブラジャー』五十嵐涼(『赤い靴』)

「あれ、食い込んで外れないなー」
 息子がオレの背中でゴソゴソと手を動かしているその指使いに思わず「あっ」と甘い声を出してしまいそうになり慌てて口を抑えた。
 こんな時に何を言っているのだと思われるだろうが、何と言うか、まるで彼氏にそうされている乙女にでもなった気分を味わってしまったのだ。オレは頬を赤らめモジモジと俯いた。
「ねーねー、呼ばれたから勝手に上がっちゃったけど…あ……」
 部屋の戸の前で、茶髪に今どきらしいメイクとファッションをした可愛らしい少女が立っていた。間違いなく息子の彼女だろう。
「うわ、梨々香。すっげぇタイミング悪いし」
 さすがの息子も気まずそうな声を出す。
 頬を紅潮させ、うっとり顔で真っ赤なブラジャーをしているおっさん、そのおっさんのブラジャーを真顔で外そうとしている青年。この絵面はどう考えたってモザイク必須のトラウマものだろう。少女は暫し口を開けたまま固まっていた。
「ゆ、優斗………」
「梨々香、金の為だって気にすんな」
(それは余計誤解を与えるだろうよ、息子)
 彼女は確かに一度だけヒクッと右側の口角を上げると、そのまま白目を向いて倒れてしまった。
「梨々香!!」
「だ、大丈夫か!!?」
 オレと息子が慌てて仰向けに倒れている彼女に駆け寄る。彼女は目が見開かれたまま、引き付けを起こしていた。よほどショックだったのだろう。
「まずい!!どうしよう!!どうしよう、父さん!!!」
 息子が取り乱しオレに縋ってきた。こんな事は初めてだ。
(ぷぷぷ、案外こいつもパニックになったりするんだな)
「落ち着け。落ち着け優斗、まずは救急車だ!それからAEDだ!!この間テレビでやっていたから父さんはやり方を知っているぞ」
 ここは父親らしく、オレは堂々とした口調で言ってやった。
「分かった!じゃあ俺、救急車走って呼んでくるわ!」
 そう言って息子は疾風の様に部屋を飛び出してしまった。
「あ、待て!走ってって!お前何時代の人間だよ!スマホ使え、スマホーーーーー!!」
 しかし、オレの叫びはもう届いていない様だった。白目を向いて痙攣をしている少女と部屋に取り残され、かなり気まずい空気が垂れ込める。
「え、えっと、あ!そうだ!AEDだ!AED!まずは彼女の服を脱がして…え…脱がして…」
 彼女が着ているのは、編み目がかなり荒いニットとその下にキャミソール一枚のみ。これらをめくれば良いだけなのだが、さすがに息子の彼女にそんな事をしてはマズいだろうという背徳感がオレの心にチラついてきた。
(しかし、そんな事を言っている場合か!?ここで彼女が命を落とした方が大問題じゃないか!?)
 オレは意を決して彼女の服を掴んだ。

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