小説

『赤いブラジャー』五十嵐涼(『赤い靴』)

「なんだよ」
「父さん、実はおっぱいからよく出血するもんでな、それでこうやって布を当ててだな…」
「いいから、そういうの。じゃ撮るよ」
「ま、待て待て!!!!」
 こんな姿を妻に見られてしまったら離婚の危機に、いやいや、入院中のお袋が知ったら、それこそ命に関わる問題だ。ここは絶対に何があっても阻止せねばならない。
「なんだよ、彼女が外で待っているから早くして欲しいんだけど」
(彼女も連れて来ているのかよ。最悪だ)
 オレは心の中で舌打ちをした。
「落ち着いて話合おうじゃないか、な、優斗。そ、そういや彼女って父さんまだ会ってないけど。ど、どんな子なのかな?」
「あ?なんだ、連れてこようか、おーい、梨々香—」
「待て待て待て!!!」
 最悪だ、あまりにも最悪過ぎる。自分から自分の首を絞める話題をしてしまった。もはやオレの汗腺は全開し、汗なのか肉体なのか判別出来ない程ぐじゃぐじゃだ。
(うう、肩ひもとサイドベルトが肉にぐいぐい食い込んでいく。これじゃあまるで拘束具だ)
 オレは今までに体験をした事がない締め付けに苦しみながらも、必死で息子の説得にあたった。
「優斗、自分の彼女に父さんのこんな姿を見せて良いのか?お前も嫌だろ?な?」
「別に……」
 オレが自分を蔑んだ言い方までして交渉したにも関わらず、奴はバッサリとそれを拒否してきた。
「と、とにかく父さん服を着ていいかな。さすがに上半身裸のままだと冷えてな」
 そう言いつつブラジャーを外そうとホックに手をやるが、これがなかなか外れない。どうやら汗と油でピッタリと背中にくっついてしまった様だ。
「あ、あれ?外れない。わ、悪いが優斗外してくれないか?」
「はぁ?マジ無理だし」
「そんな事言うなよ、ほ、ほら。同棲生活って何かと入用だろ?父さん今、財布に3万入っているんだけど」
「手伝うわ」
(即答だな!即答だわな!!!くそっっっ)
 もう一度オレは心の中で舌打ちをする。こいつは昔からそうなのだが、金にはとても従順な奴だったのだ。

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