小説

『かぐや姫として生きてみる』吉田大介(『竹取物語』)

四、宇宙人の目玉

「決まった、これで行く」とまた声に出し、次々と出揃う「宝物」に満足感を得ている自分を自覚。
 最後の「燕の子安貝」、深夜に一人での宝物選定作業であり、にわかに子安貝から女性器へと想像が及んだが、「骨盤」、「睾丸」と生殖にからむ宝物が並べば求婚者らも食傷するであろう。新潟出身の和志は、燕の字面からは、鳥よりも、まずステンレス製品を世界に誇る燕市を思い浮かべる。上越新幹線の「燕三条駅」に思いを馳せ、そこを燕の巣と考えれば、下に隠されているもの、子安貝のように滅多に生じないもの、として「光るつらら」など乙だろうと枯渇気味のアイデアをようやく飛躍させる。溶ける前に東京に持ってこなければならない点で難易度も高い。だが、ただのつららならば冬の朝日にきらきらと輝くのは自明、反対に輝かないつららにすれば「それっぽい」。持っている筆ペンの黒い筆先が目に入り、

五、燕三条駅の黒つらら

 土産物のお菓子のような名前になったが、これを五つ目の課題に据えた。

 
 翌朝の、ぎゅう詰めの通勤電車に揺られながら、いや、揺られるといっても周囲の乗客と密接しており、身体が揺さぶられる状態にはないが、ここで和志は自分がかぐや姫であるという仮定に意識を戻した。起床、朝食、出勤までの妻子との接触、一連のせわしなさの中では、自らをかぐや姫に設定したことなどは忘れているもので、そればかりか、今日の仕事のスケジュールを頭に思い描くと、昨夜、興奮して五つの難題を考案していた自分が愚かしく思える。渋谷に着く手前、神泉駅からのトンネルで車両の窓ガラスに、額の後退した、太い眉毛の、メガネ、反っ歯、下ぶくれの自分の顔が映り、もし他の乗客にこの醜男の空想がバレるようなことがあれば、居ても立っても居られないだろうと要らぬ心配をし、身震いした。
 ただ自分の顔、昔から色白で、四十になった今も、「割に肌がきれいね」と飲み屋のママに言われたりする。童顔のせいもあるが、仕事で初対面の相手に「三十二、三かね」と見定められることもあり、同世代の中では若く見える方だと自負、ここにまだ「かぐや姫」としてのDNAが備わっているのではないかと再び思考をポジティブに切り替えた。しかし現れるであろう五人の求婚者は男か女かという問題に関しては、残念だがやはり自分が姫であれば男なのだろうとここで修正を加えた。

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