小説

『かぐや姫として生きてみる』吉田大介(『竹取物語』)

 自分に姫っぽさがあるかどうかを改めて考えてみる。吊革のつかまり方はどうか。いや、姫なら吊革でなく、扉の隅に背をもたれかけさせながら、ケータイでもいじっていなければならない。しかし着ている服はよれたグレーのスーツ、八千円の合革靴の表面には安っぽさを示す横じわが刻まれている。中は臭そうだが、臭いは靴の内側に留まっていてくれているようだ。
 いや、待て。実はこの足の臭い、ないし我が体臭に独特の個性があり、これこそが、いずれ来る天上の使者が他と自分(かぐや姫)を見分けるための手掛かりとなるように生まれつき備わっているものである可能性もゼロではない、と仮説を立てる。ある晩、迎えの密使が来る。誰もいない夜の世田谷の路地裏にそっと降り立つ。その(仮に)三人のうち、二人はこの星が初めてで、まず重力に動揺、当惑、難儀し、三百メートルごとに休まねば歩けないとする。もしくは歩行機能を保有しておらず空中を水平移動するのかわからないが、移動に困難を感じている。線路脇を移動の最中、突然の終電の轟音。その長く巨大な龍のような獣が赤い目でにらみを利かせながら高速で後じさりしていくのを見て再び焦る彼ら。ろくに地図も情報も与えられぬまま「姫の街だから大丈夫」と根拠のないアドバイスを背に飛行船か何かから降ろされたのだろうか、代田橋辺りを十分も二十分も右往左往する。三人はあてどなく、大通り(環七)を左手に見ながら南下、ふとそこに先頭を歩くただひとり地球渡航経験のある先輩の鼻が、ある懐かしい匂いを感知する。「あっ、姫。」
 人間の何倍の嗅覚か知れないが、半径二、三キロ圏内にある和志の足の香を嗅ぎつかむのだ。それはどんな匂いか。果たして「匂い」と呼べる性質のものなのか。むしろ「臭い」ではないのか。いや、姫のものであるからには「香ぐわしい」薫り、そう、香ぐわしき姫、かぐや姫なのだから、「にほひ」が正解であろう。
 にほひの設定はこれでよし、次にかぐや姫と言えば、いずれ五人だか七人だかの求婚者が現れるはずだ。和志は既婚者であり、それは突飛な考えではあるが、ここで配偶者の有無を考えなどすれば、自分はかぐや姫ではないということになるわけで、「スピリチュアル的には独身」という設定に違いないと自分の中で解釈し合点。その時自分は結婚を断るために、入手不可能な「つばくらめの巣の何とか」やら「燃えない布」などの難題を彼らに課さなければならない。はて、俺の場合は求婚者として女が来るのだろうか、それとも姫だからやはり男なのか。いずれにしても彼女もしくは彼らに課題を与えなくてはならない。そうだ、それを考えよう。

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