小説

『ピーターパンの夢』松宮ミハル(『ピーターパン』)

 
 「ピーター!ピーター!」
 夢の中と同じように誰かが彼の名を呼んでいる。しかしその声色は美しく輝きを持った鈴の音のような彼女の声とはまるで違う。勝手気ままに降り注ぐ暑い太陽のように無邪気な少年の声だ。
 ピーターは仕方なしにハンモックから起き上がった。カーテンのようにハンモックの周りを覆っている布をパッと捲る。
 一人の少年が向こうのベッドで無邪気なはしゃぎ声を上げて飛び跳ねていた。
 「ピーター!僕全然眠くないよ。ねえ、探検に行こうよ!夜の探検に!人魚の入江を見てみたいなあ!」
 少年はポンポンと軽やかに飛び跳ねながらピーターを誘う。
 少年の髪は肩くらいまであるブロンドだがそれを除けば顔立ちはどことなくピーターに似ている。
 「そうは言ってもジャック、こんな夜には人魚たちだっていないさ。さあ、明日には連れて行ってやるから」
 ピーターは少年を諌め、再度ハンモックへ戻ろうとする。
 「ピーター、待ってよ。そんなのつまんないよ」
 ジャックは跳ねるのをやめ、より一層声を甲高くしてピーターに訴える。
 しかしピーターはそれには答えなかった。いくらつまらないと不満を訴えられても仕方のないこともあるのだ。
「おかしいな、なんだか全然お話に聴いてたピーターパンと違うよ」
 ジャックは登っていたベッドから床に降り立ち、顔をしかめた。
 「話?誰からそんな話を聴いていたんだい?」
 ピーターが眉をピクリと動かして尋ねる。
 「タイラーおばさんだよ。僕が夜に一人で寝ないでいるといつも見回りしているおばさんに見つかって、でもタイラーおばさんだけは怒らないでよくピーターパンの話を聞かせてくれたんだ」
 ジャックの表情はその光景をありありと思い浮かべたのか、しかめ面ではなく明るい色に変わっている。
 ちょうど他の子どもが母親を語るときの表情とそれはよく似ていた。
 ジャックには親がいないのだ。今までここに来た子どもには皆お母さんやお父さんがいた。だからこそ彼らはどんなにここで楽しく刺激的に過ごしても最後には両親の元へ帰ると言い残し去って行ってしまった。
 しかしジャックには両親がいない。それだけではなく、ジャックは今までここを訪れた子どもたちとはどこか違っているようだった。彼は見たことのない大きな家に住んでいる。そこには他にも子どもが大勢いるようだった。他の子が寝静まっているのに窓辺で一人座り込むジャックをピーターが見つけ、ここへ誘ったのだ。
 「じゃあ君が聴いていたピーターパンというのはどんなだったんだい?」
 ピーターは腕を組んでジャックを見下ろすようにして尋ねた。思っていた通りではないと言われ少々腹の虫がざわついている。
 「そうだな、もっと、勇敢で愉快で冒険が好きで、特にこんな時には進んで夜の冒険にだって出かけるようなそういう感じだよ!」
 ジャックもピーターの真似をするように腕を組み、考え考え言葉を重ねた。
 「何だって?それじゃあ僕が勇敢でないとでも言うのかい?」
 ピーターは憤慨して首を横に振る。
 「そうだよ!全然違うじゃないか!わかったぞ!さては偽物なんだな!本当のピーターパンはどこだ!さあ出すんだ!こら、偽物め!」

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