小説

『眠れる森の』望一花(『眠れる森の美女』)

「そもそもあの思春期に経験したモテキが間違いだったのかもな。イケてる俺にふさわしいという条件で、大学、サークル、カンジョを決めていた気がするよ。浅はかだなぁ」
そう言って、カートはうっすらと笑った。
「浅はかだねぇ」
私も同じ調子で真似すると、またぐんちが私の足を蹴った。
「でも人生の正解なんてないよね。それにピークは終わったなんて、寂しいこと言わないでよ。本気じゃないでしょう? カートがいるところにはいつだって楽しそうでさ。みんな頼りにしちゃってさ。光があたっているというか。それは変わらないはず、でしょ?」
私は、どうにもうまく気持ちが伝えられなくてもどかしい。
「俺って、ダサいなぁ」
自虐的にカートが笑おうとするので、とっさに
「ダサくないって!」
「ダサくないって!」
なぜかぐんちと私は同時に叫んだ。
「なんだよ、お前らは! コンビみたいだな?」
ふいにカートが笑い出し、私たち3人はそこからは何を話してもおかしくて笑ってばかりいた。まるで年頃の高校生のように。
「盛り上がっているところすいませーん、看板です」
と店員に言われて、私たちは外へ出た。
「寒っ」
私は、コートのえりをかき寄せた。すると、後ろからふわりと柔らかいマフラーがかけられた。
「!?」
振り返ると、ぐんちだった。高校生の時だったら、それがカートでなくてがっかりしたのではないかな? 今夜は、ぐんちの少し照れたような知らんぷり顔に、心臓がどくんと音を立てた。
「ありがとな。マジでダサい俺にダサくないって言ってくれてさ」
とカート。
「ダサくないって」
「ダサくないって」
ちゃんと今度も声が重なった。今度は誰も笑わなかった。
「なんていうかさ、昔の友達ってなんかいいよ」
10年前と同じに、その場をカッコよくシメたのは、カートだった。

 私は、アルバイト先の学習塾の本社ビルから出ると、先程の面談で渡された資料の入った分厚い封筒を抱きしめた。実家近くの教室でスタッフとして働いてきたが、本社に来たのは、今日が初めてだった。ずいぶん前から進められていた話を正式に聞きに行ったのだ。
 その話というのは、半年間教室の指導者となるための研修を受けて、その後資格試験に合格したら、自分で教室を運営する指導者になれるというものだ。指導者となると同時に教室のオーナーとなるのだ。本部の援助もあるけれど、教室開設資金も必要となるし赤字経営になれば借金も背負うだろう。覚悟を決めなくてはいけない話なのだ。にさらに面接をしているうちに、この大手塾はここ数年積極的に海外進出中であり、まだ若い私なら、思い切って海外の教室の指導者を目指してみないか?と言われたのだ。
「今、私はとても前向きなんです。そんな時にきたお話は、きっと運命だと思うので、ぜひ目指してみたいと思います」
担当社員は、即答の私に驚いていたが、早速来月からスタートする研修に席を作ってくれることになった。

「いらっしゃい」
実家の庭に増築した小さな写真スタジオのドアを開けると、仕事中のぐんちの背中が見えた。
「おう、ヒメか」
あれから、私はよくこの写真スタジオに遊びに来るようになった。ぐんちも、煙たがらずに私が行くと仕事の手をとめて話を聞いてくれる。今日も私は、面談が終わるとその足でぐんちのスタジオへ来た。
「だからね、英語も算数も数学も国語も最低でも中学修了レベルまだは教えられるくらいには思い出しておかないといけないし、資格試験の学力テストは高校レベルまで出るんだって。学校でサボったツケが回ってきちゃった。研修では、勉強以外の指導者のための指導があるのよ。それに加えて、海外に行くことも踏まえて英会話も独学しようと思うの。もう、楽しくって!」
「なるほどねぇ。子供好きのヒメなら向いているよ。アルバイトとは言え、ずっと塾で働いてきたんだしな」
一方的に話す私にぐんちは、励ますように頷く。
「でもあれだよ。あんまり頑張りすぎたら体壊すよ」
もうこうなると保護者みたいだ。

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