小説

『眠れる森の』望一花(『眠れる森の美女』)

「骸骨のシルバーリングなんかしちゃってるじゃん」
思わずぐんちの手をとってから、慌ててほどいた。
「ヒメは、前もそういったぜ?」
ぐんちは何か思いついたように私を見つめてきた。その様子は昨日よりもなんだか親しみを感じる。あ、昨日じゃないよね。
 クラス会って不思議だ。カートのように、もうラグビー部のキャプテンじゃなくなったり、くうちゃんのように大会社の名刺を持つようになったりと、立場が変化しても、クラス会では、以前の立ち位置に戻るようだ。そして10年も前の体育祭の面白話で、お腹を抱えて笑うのだ。クラス対抗リレーで、くうちゃんの靴が脱げて、それに後者がつまずいて、そいつに誰かがぶつかって、私たちクラスが、まさかの1位になった思い出。確かにあれは興奮したよ。私には、まだそれほど昔のことではないけれど。あれが自分自身で体験した最後の学校の行事だ。
クラス会が進むにつれ、くうちゃんはのんびりやの体育の苦手なくうちゃんになり、なんだかくたびれた印象のカートも、少しだけザ・キャプテンに戻っていた。ほんの少しだけ。
「ヒメ、また、会おうね」
まつりんもくうちゃんももう実家には住んでいないので、結構遠いそれぞれの家の方向へと別れた。親友の二人を見送っていると淋しくなった。ひとりぼっちだった。

 私は、いまだに実家に住んでいる。模試の志望校欄に書いたことがなかった大学を出たあとはアルバイトをしている。一体私は何をしてきたんだ? ぼんやりしすぎでしょ? そりゃそうだよね。本人不在の10年間だ。逃げてばっかりの私だ。自分への怒りで、唇を強く噛む。
「なぁ、3次会行かないならコーヒーでも飲んでいこうぜ? どうせ近所じゃん」
ひとりになった私をぐんちが追いかけてきた。ぐんちは、親がいうようなちゃんとした大学に入るも、中退をして写真の専門学校に入り、卒業後は、根気よく親を説得して、自宅でギャラリー兼の写真スタジオを開き、ほそぼそながら写真で暮らしているのだ。
 10年の間に、私たちの家の近くにできたコーヒーショップで、ぐんちと向かい合う。都立高校だったので、実家は近い者同士が多かった。ぐんちもそうだ。
「また聞くけどさ」
ぐんちは、コーヒーをどんとテーブルに置くと、身を乗り出してきた。
「昨日、ポチらなかった?」
ぐんちは声を小さくしている。私は、身を固くしてコーヒーをゴクリと飲み込んだ。
「えっと、何年経ったかな?10年、10年前の昨日、ヒメは、人生スキップをポチらなかった?」
身体全身に寒気が走った。
「ぐんち」
その声はかすれてしまった。
「ポチったんだな」
諭すようにぐんちが言うのにつられて、私は小さく頷いた。
「10年かよ!」
ぐんちはばたんと背もたれに身体を預けていったん上を仰いだ。
「なんで10年もスキップしたんだよ。俺は3年だよ」
ぐんちはいくらか勝ち誇ったようにいう。
「ってか、ぐんちもスキップしちゃったの? なんで?」
「ヒメに言われたくないよ、弾みだよ、は・ず・み」
ぐんちは高校生みたいないたずら顔で、すねたような仕草をした。
「ヒメもスキップしちゃった気がしてさ、俺は、自分に戻った3年後から毎年の今日、クラス会を開いてるんだ。地元に残っているという理由で万年幹事を引き受けて、こうして、毎回クラス会の帰りにこうして聞いてきたんだぞ。そうか、10年か。ヒメ、会いたかった」

1 2 3 4 5 6 7