小説

『眠れる森の』望一花(『眠れる森の美女』)

 見つけた。これだ。
その夜、かなりの時間探し回って、ぐんちの見せてくれたサイトにたどり着いた頃は、夜中の2時を過ぎていた。この時間にならないと開かないサイトだったのだ。興奮を抑えて注意深くサイトの中を読み進める。個人情報流失や高額料金目的の悪質サイトなんかに騙されたら今時の高校生がすたるってもんだ。しかし、何度読んでみても、人生スキップに料金は、かからないようだ。スキップした時間を時間が欲しい人に売るということだ。時間を引き伸ばしたい人の方が多いという。人生をスキップしてもその間の人生履歴は保証される。そこで、ページの端っこにあった『よくある質問コーナー』をクリックしてみると、いくつかの質問と回答が整然と並んでいた。よく服を買うサイトと同じ感じ。私は、黒い画面に赤い血のような文字が並ぶサイトを想像していたので、調子が狂ってしまう。
Qどんな履歴がつくのですか?
A現在のお客様の状況を現状維持しての履歴になります。思いがけない災難などを回避できるということになります。
よくできてるなぁ。でも東大に入っちゃっているとかそういうサプライズ履歴はないってことよね。さすがにそれは図々しいか?
これって、口座番号や住所を含む情報入力もないし、ポチって、つまり、購入のところをクリックして、実際には何も起こらなかったとしても、損害もないってことよね?
 もしも、スキップするなら何年?1年後にして浪人していたら最悪。これ有り得る。2年?まだ浪人かも?3年?逆に就職活動開始前だったりして?いっそ5年?いやその頃に就職浪人してる?私は、数字をひとつづつ上げながら、憂鬱になってきた。人生どこまで行けば楽チン?10年?
「ひめこ、何時だと思っているの?寝なさいよ。どうせ、勉強じゃないんでしょう?ほら、パソコンなんかいじっていて」
突然母が侵入してきた。とっさに画面を閉じる。見られなかったよね?見てもわからないよね?
「そのパソコンで勉強するんだよ。いつも言ってるじゃん。でも、もう寝るから大丈夫」
母は、それ以上詮索せずに部屋から出ていってくれた。気がつけばもう3時。明日起きれなくなる。でも・・・。急いで先ほどの画面を復帰させると、
「ご購入ありがとうございました。商品を発送しました」
え?ポチっちゃった? 慌てて閉じた時に? 商品は10年人生スキップと表示されている。あらら。でも、当然何も変わっていない。なーんだ。さ、早く寝よう。

 4時間睡眠のはずなのに、案外すんなりと起きられた。助かったぁ。えっと、今日の時間割を揃えなくちゃ、じゃなくて・・・ ふと、頭が揺れて思考が止まった。
 今日はクラス会よ。私が、そう考えた。今日は、夕方から高校のクラス会。それまでに予約した美容院に行く。と、私は考えた。私は、こわごわと自分の部屋を見渡してみる。そこには制服はかかっておらず、棚の上には、マニュキアや口紅が並んでいる。近くにあった手鏡を手に取ると、中には私のような私じゃないような女が睨んでいる。不思議なことに28歳の自分についても理解している18歳の私が、そこにいた。

「ヒメ!久しぶり元気だった?」
クラス会の会場のピザハウスに入るなり、ふけたまつりんが抱きついてきた。化粧濃いなぁ。まつりんは、去年結婚して、ただいま妊娠中。本当に私は、ちゃんとわかっているんだな。私の頭の中が、面白いことになっている。
「おっつー、くうちゃんは?」
私は、答えながらあたりを伺う。なんだこれ?みんなただのつまらない大人だよ!
「来てるよ、ほらあそこで、カートと話しているよ」
どくん、心臓が音をたてた。近づくと濃紺のスーツを来たカートが振り向いた。
「ヒメじゃん、1年ぶりだな。なんだか、去年よりも若くなってないか?」
カートは、太りもハゲてもいないんだけど、すっかりオーラが消えていた。どうしてよう。カートはキラキラじゃなくちゃいけないのに。
 カートは浪人したけど希望の大学には入れず、就職も希望通りには行かなかったんだよね。結婚して子供がひとりいたはず。
 くうちゃんの方は、貫禄のついた身体を高そうなスーツに押し込んでいた。
「ヒメ、いつまでも変わらないね。羨ましいよ。私さ、今日のためにわざわざ服買ったのに、仕事が入っちゃって、そのまま来ちゃった。残念」
くうちゃんは、商社に総合職で入ったんだよね。なんだか尊大な態度だぞ。社会での地位が人を変えるって感じかな。でもみんなは、私がスキップをした人生を懸命に生きてきたんだ。批判する資格はない。私が一番インチキだ。今からで間に合うのだろうか? 私が失ったものはとてつもなく大きいと気が付いて、身体が震えてきた。その時、
「元気だったか?」
ぐんちの柔らかい笑顔がそこにあった。ぐんちは、相変わらずの長髪で、その雰囲気に合った個性的お洒落をしている。へぇ、こんな風な大人になったんだ。

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