小説

『宝』月日紡(『桃太郎』)

 次に白羽の矢が立ったのは、シバより若干年上のセキメという少年だった。
 セキメは嫌がる素振りを見せず、むしろ喜々として老夫婦の家に向かった。その姿を見た親分も、少し安堵して溜息を吐く。
 あの様子なら、セキメは大丈夫だろう。
 誰もがそう思った。しかし、桜の木が葉をつけだした頃、今度はセキメが老夫婦の家から姿を消した。
「どうなってるんだ!」
 親分は憤りを隠せず、地面に両拳を叩きつけて膝をつく。どんなに地面を殴ったところで答えが出るわけでもなく、仲間たちもそんな親分の哀れな姿を見守ることしか出来なかった。
 しかし、また間隔をあけては今までの計らいが台無しになる。親分は焦りを感じて、すぐにセキメの代わりを潜入させようとする。しかし、今度は親分が指名するよりも先に自ら潜入を希望する者が現れた。
「あの老夫婦、きっと何かあります。私が行って調べましょう」
 そう言って手を挙げたのは、オビという青年だった。
 オビは集団の中でも一際慎重で、今まで散々親分に不安要素を述べていたのもこの男だった。
「よし、いいだろう」
 親分はオビにはそれなりの信頼を置いており、これは心強いとばかりに力強く頷いた。
 シバとセキメはもしかしたら今の生業に嫌気がさして、この機会に逃げ出したのかもしれない。もしくは老夫婦が裏で何かを企んでおり、それに巻き込まれたのか。
 親分は幾多の可能性を考えながらも、オビならば大丈夫だろうと安心しきっていた。
 しかし、またも親分の予想は裏切られることになる。
「なに、オビまで消えただと?」
 ある夜、酒を酌み交わす最中に仲間から報告を受け、親分は目を見開いて聞き返した。
 親分に絶大な忠誠心を持っていたオビまでが消えた。これで親分は、確実に老夫婦に何かあると確信した。仮に事情があっていなくなったのであれば、オビが親分にそれを知らせず姿を消すなんてことは有り得ないからだ。
 流石にここまで来ると、親分も落ち着いて考えを巡らせることができた。
「次は俺が行く」
 親分がそう言うと、周りの仲間は皆一様に反対した。最早外見の違いで老夫婦にバレるなどという問題ではなかった。その老夫婦が何か企んでいて、もしかしたら前の三人は殺されたかもしれないのだ。仲間の男たちは、次は親分が殺されてしまうと気が気でなかったのだ。
 しかし親分は仲間の反対を押し切り、一人老夫婦の家に向かった。
 前の三人と同じように、夜に老夫婦が寝静まった頃を見計らって床に潜り込む。
 月が隠れて日が昇り、老夫婦は目を覚ましすとそばの寝床で眠る親分を見つける。
「おや、この子はまだ寝とるのかね」
 まずは嗄れた声で、おじいさんが親分に声をかける。
「あらあら、また一回り大きくなったかね」
 次いで、おじいさんの隣にいたおばあさんが笑いながら言ってくる。
 親分は、ついさっき眼を覚ましたかのように欠伸をしながら体を起こす。そして改めて周囲の確認をした。
 シバをはじめとする三人の仲間がいきなり姿を消した原因が、この老夫婦にある可能性も十分にある。かと言って、それは絶対の確信ありきかと言われれば、そうでもない。
 結局親分は一見温和そうな老夫婦に対して、強引に問い詰めることができなかった。
「最近のガキは皆こうだろうよ」
 普通ならば通用しないような無茶な言い訳だ。しかし、老人相手ならば大丈夫だろうと親分は割り切ることにした。
 実際に親分の予想通り、老夫婦はその言葉を疑うような様子もなかった。二人とも顔中をしわくちゃにして、嬉しそうな笑顔を親分に向けるばかりだった。親分もその場の空気を壊さないように目元にしわを浮かべ、軽く笑ってみせる。しかし内心では、目元ではなく眉間にしわを寄せていた。この二人は仲間の仇かもしれないのだから。
 親分はできる限り老夫婦との会話を避けるようにした。その方が何かと安全だと思ったからだが、今のままだと老夫婦や消えた仲間の情報も手に入らない。親分は覚悟を決めることにした。

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