小説

『白雪姫 in バードランド』五十嵐涼(『白雪姫』)

「おい、大丈夫か?」
「急性アルコール中毒とか!?」
「救急車呼んだ方が良いんじゃないか?」
男達が口々に私の容態を不安そうに相談していた。それは少なからず悪い気はしないものだった。
(ふふ、やっぱり見てないフリして私の事が気になっていたのね)
「なーなー、息をしているか?」
(しているわよ!)
「いや、してないぞ!」
(しとるっちゅうねん!!!)
「じ、人工呼吸だ!救急車が来るまで人工呼吸と心臓マッサージだ!」
(ええええ!?じ、人工呼吸!??いやん、出来たら後ろの席に座っていた爽やか青年か、入り口近くに居た高そうなスーツを着た紳士がいいわ)
この期に及んで私は選り好みなんかをしていた。
「だ、誰か、経験者は!?」
しかし、名乗り上げる声は聞こえなかった。
「おい、三田、お前会社の避難訓練の時に人工呼吸を披露していたじゃないか」
「ええ、だってあの時は消防の人に言われて無理矢理…しかも、あれは人形相手でしたし」
三田と呼ばれた男性は比較的若い声をしていた。声だけでいくと、子犬みたいな顔をした優男といった感じだ。
「いやいや、人命がかかっているんだぞ!とにかくやってみろよ」
「ええ!!??」
(そうよ、やってみてよ!)
私は口元がニヤけてしまうのを堪えるのに必死過ぎて薄めを開けて彼の顔を確認しそびれてしまった。
「まて、ここはワシが」
その声は一気に私の体温を冷やすものだった。明らかにこの声はじじいだ。
「ワシは一度人工チッスをした事があるぞい。ほれ、これを持っておいてくれい」
「え?っって!!!ぎゃーーーー」
(なになに??何が起きているの!??)
「ふぁしのぉ、ちっすふぁふごいんふぁ」
多分、これは予想なんだがじじいは入れ歯を外して子犬君に渡した様だ。なんで入れ歯を外すのか意味不明だ。
(ってか、じじいとキスは嫌ーーー)
「ちょっと待って下さい!」
あと1秒その声が遅かったら私は飛び起きていただろう。その声はいかにも紳士的な男性の声だった。
(た、助かった。きっと入り口近くに座っていた男性だわ!あなたにぜひ!!)
「入れ歯をはずしたら人工呼吸は出来ないでしょう。このままでは本当にこの方の命に関わってしまう。ここは私がやってみましょう」
「あのー、人工呼吸された事あるんですか?」
「私も会社の行事で一度やっただけですが……」
(あ、あれ、なんか本当に体が冷たくなってきたわ。誰でもいいから早く)
「そんな事で大丈夫なのか?あ、そうだ、ググってきちんとした対処法を調べてからの方が良いんじゃないか?!」
(ちょっと誰よ!!!余計な事言っているんじゃねーぞ!!)
「そうですね、確かに。軽卒な行動で万が一があってはいけませんから」
(納得しているんじゃねーー!早く、すっごい寒いから早く誰か!)
目を開けようとしても、今度は本気で開かなくなっていた。私の体から命の蝋燭が燃え尽きていく様に暗闇がひたひたと迫ってくる。
(どうしよう、このままじゃ本当に……)
段々と周りの声も遠くなっていった。
もうこのまま眠ってしまいそうになったその時、私の唇に柔らかいものが触れた。それは甘く、ホットハニーミルクよりも甘く、あのお店のチョコレートよりも口の中いっぱいに芳醇な香りを味合わせてくれるものだった。しかし、そのとろけそうな感覚とは逆に体中の血液はコールタールの様に重く粘り気を帯びていくのを感じた。まるでそれは私の体を腐敗させていくかの様だった。
私はゆっくりと目を開く。
「ようこそ、死界へ。私は死神」
私を覆い被さる様に覗き込んでいたのは、黒いフードを被った顔の上半分が溶けただれて骨がむき出しになった人の顔だった。
「きゃあぁぁぁぁぁーーー」

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