小説

『文左衛門の告発』伊丹秦ノ助(『文鳥』『吾輩は猫である』 夏目漱石』)

 小生は嫌な予感がしながらも、格子越しに雑誌を読まして貰いました。そしたらどうです、予感はものの見事に的中して、事実と全く違うことが書いてあるじゃありませんか。瞼の周りにはありもしない淡紅色の筋が書き足されました。見てください、小生の瞼の周りは淡紅色ではなく、淡黄色なんですよ。それだけじゃありません。「足が一本足りないぞ事件」の話は結局自分の勘違いだったということで終わっているし、あの猫がそうであったように、小生は雑に扱われた挙句勝手に殺されておりました。小生は憤慨しました。自分の手に負えないからと言ってひ弱な生物を見捨て、しかしそれではいささか非人道的であるからと言ってせめて物語の中だけでも弔って遣ろうとする、殺すことで責任を回避しようとする、その魂胆が気に入らない。ついでに文壇での地位を確実なものにしようとする貪欲さはなおのこと気に入らない。もうお分かりでしょう、漱石は小生を利用しただけでなく、彼に期待を寄せるあなたがた日本国民の目の前で、大法螺を吹き続けていたのです。俄かには信じ難いかもしれませんが、本当です。これが、夏目漱石の真の姿なのです。つまりあなたがたは皆被害者。ついては小生が会長を務めております「夏目漱石被害者の会」にご入会いただければこれ幸いです。可愛い猫や何処ぞの九州男児もいます。漱石の新居が御座います牛込区早稲田南町七番地にて、いつでもあなたをお待ちしております。ハハハ。
 ああ、そうそう、琥珀君がこんなことを言っていました。「ホトトギス」を見せてもらった時のことなんですがね。
「天才って、謎に包まれているよね」

 お気をつけ遊ばせ。

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