小説

『菊見の頭巾』平井玉(『聞き耳頭巾』)

 澪の家には、番犬として大型犬が二頭いる。ジャーマンシェパードのメルセデスと、ラブラドールレトリバーのロッキーだ。メルセデスは澪の帽子を見ると、シャキーンと姿勢がよくなった。
「御嬢さんが帽子を持つんですね、にく」
とメルセデスが言った。本当だ!聞こえる!
「メルは帽子のこと知ってるんだ」
「もちろんです。光義様とは、よくお話ししています、にく」
光義、はおじいちゃんの名前だ。
「・・・にくって何」
「にく?」
「ずっとにくって言ってるよ」
メルセデスは全く分かりません、という顔をしていた。ロッキーは肉、肉、と興奮し、はねまわっている。メルセデスが冷静に注意をした。
「ロッキー、静かに、チーズ」
聞く耳をもたないロッキーは澪の手やポケットを嗅ぎまわり、とうとう首元まで飛びかかった。メルセデスが体当たりして仰向けに倒し、首筋をくわえこむと、急に元気がなくなって死んだふりをした。
「ありがと」
「悪い奴じゃありませんけど、ちょっと、ほね」
「・・・じゃあ、ちょっと外の動物探してくるね」
澪は歩き出したが、ふと振り返って行った。
「ねえ、友達が、メルセデスって女の名前だよって言ってたけど、どう思う」
メルセデスは立派なオスであるが、全く話がわからないようなふりをしてぺたりと地面に伏せてしまった。澪はそっとつぶやいた。
「自分が言われて嫌なことを言うのはやめましょう」
澪の名前は「きくみみお」なので時々「みみお」と呼ばれて嫌な思いをする。メルセデスにも嫌な思いをさせてしまったと反省した。
「おじいちゃんは、きくみみつよし」
自分もじいちゃんも変な名前だと思っていたけど、聞き耳頭巾の家族なら仕方ない。澪は「きくみみつよし」と弾むように唱えながら外に出た。
 公園でうちの隣の外国人専用マンションに住んでいるドイツ人のおじさんがドーベルマンを散歩させていた。日本語がうまいおじさんだったから、頼んで綱を持たせてもらい、遊ぶふりをしながら話しかけてみた。
「今日はね、犬の言葉がわかるんだよ」
犬が答えた。
「Das hut ist deines Grobvaters」
なんのこっちゃ、と思ってドーベルマンを返した。犬の散歩にはまだ早い時間だったから他に動物は見当たらない。がっかりしてベンチに座った。
「あいつはドイツの犬だから、ドイツ語しかできないよ」
急に声がしたと思ったら、いつの間にか背もたれに、カラスがちょこんととまっていた。
「うちのメルセデスもドイツの犬だけど、日本語話せるよ」
カラスはくえっと短く鳴いた。
「おたくのでかいのは千葉生まれ。日本語しか話せないわさ」
何となくだけど、メルセデスがいたら傷ついたと思う。いなくてよかった。
「あんた、あのじいさんの子供?」
「孫だよ。あの、あなたはおじいちゃんの友達?」
カラスは、ふっと鼻息をついた。カラスにも鼻の孔あるんだ。
「友達ってより、情報屋だね」
「じょーほーや?」

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