小説

『菊見の頭巾』平井玉(『聞き耳頭巾』)

 澪は小学校四年生。皆が十歳になるこの学年では、「1/2成人式」なるものが行われる。育ててくれたことへの感謝と将来の展望、的な作文を書かされ、親も参加する発表会で読まされるのだ。
「澪ったら、何も努力しないで一生暮らしていけないかなあ、っていう作文を読んだのよ」
そんなの読ませる先生も先生よ、と母は続けて怒った。が、モンスターとか言われたくないから学校に文句は言わないそうだ。父が笑って答えた。
「ははは。兄弟の中で澪が一番やる気ないな。有能な男と結婚させるか、不動産でも残して食えるようにしておくか」
 澪の家は江戸時代から米問屋でうまいこと稼いでいた。今は普通の米屋のような顔をしているが、たくさんのビルを持っていてお金持ちなのである。事実、家はお屋敷街にあり、庭付き、離れ付きだ。 
 澪は両親の話を漏れ聞き、庭に出るとだだだだだっと地団太を踏んだ。そのまま離れに駆け込むと、隠居しているじいちゃんが縁側に座っていた。
「おお、怒ってる」
じいちゃんはいつも縁側に座っている。そして、いつも見たままを話す。澪は今日の発表会の話をした。
「上のお兄ちゃんは、明大商学部に行って会計士になってお父さんの仕事を手伝います、だったし、下のお兄ちゃんは私立の医学部に行って耳鼻咽喉科の医者になります、耳鼻科ならあんまり人が死なないと思うからって言ったんだよ。それとそんなに違わなくない?」
「まあまあ、兄ちゃんたちは自己を客観的に正しく評価しとるのう。ははは。つまらん。それに比べると、澪のは研究テーマが壮大だ」
「そこまで立派じゃないような」
「いやいや、何も頑張らないのもなかなか大変だぞ。それで楽しく暮らすにゃあ、だいぶ才能がいるなあ」
じいちゃんはしばらく考え事をしていたが、マンガの中のとんち者のようにグーとパーを打ち合わせた。
「よおし、いいものをやろう」
ゆっくりとってきたのは、赤いベレー帽だった。散歩のときいつもかぶっているやつだ。
「聞いて驚くなよ。これはな、聞き耳頭巾だ」
「え、あの、昔話の?」
「そうじゃ。これをかぶると、動物の話していることがわかるのじゃ」
あのお話は、うちのことだったのか。澪はびっくりした。
「これをかぶって一儲けした御先祖様のおかげで、我が菊見家はお金持ちになったのだ」
そういえば、マンガ日本昔話のシリーズの、「聞き耳頭巾」だけ父の書斎においてあった。小鳥の噂話を聞いて、長者の娘の病気を治したり、埋まっているお金を見つけたりした話だったような気がする。
「さすがに頭巾じゃ恥ずかしいから、わしがベレー帽に作り替えさせたんじゃ。手塚治みたいでいいだろう」
「でも、わたしが貰っていいの?」
「うん。じいじは最近、耳が悪くなってきての。もう動物の声は聞こえないわさ。それにな、これは代々、菊見家の呑気者が受け継ぐきまりじゃ」
「のんきもの・・・」
「ははは、動物の声を聞こうなんざ、呑気な奴じゃなきゃやらんだろ」
たしかに、会計士も医者も、動物は関係なさそうだ。耳鼻咽喉科ならまだ使えるかもしれないけど。耳に虫が入っちゃったときとか。
「わしは楽しみのためにかぶっとったが、澪はこれでお金が儲かるか考えてみたらどうだ」
「うん、うん」
おじいちゃんが帽子をかぶせてくれた。ちょっと大きかったけれど、かぶるとしゅっと頭に巻きつく感じでしっかりかぶれた。
「赤いから、かわいいわい」
「じゃあ、ちょっと試してくるね!」
澪はおじいちゃんに手を振って、犬小屋の方に走って行った。

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