小説

『蟻と蟻』行李陽(『鶴の恩返し』)

 翌日、娘たちは一反の見事な布を青年に手渡した。
「これを売って、お金にしてください」
 娘たちはそう言って、嬉しそうに笑った。
 町で売りに出すと、その出来の良さが評判となり、高価な値が付いた。
 その夜、青年は娘たちに感謝して、質素ながらお腹いっぱいのご飯を用意した。
 翌日、娘たちはもう一反、さらに見事な布を織った。
「少し慣れてきました」
 娘たちはそう言った。
 この頃には青年も娘たちの相手に慣れているので、
「無理してないだろうね?」
 と、心配顔を浮べた。
 娘たちは満面の笑みで、
「だいじょうぶです」
 といった。
 その夜。吹雪きの夜に、娘たちは再び部屋に篭った。
 青年はどうのようにしてあれほど美しい布を織っているのかと気になり、ひっそりと息を潜めて部屋の様子を見守った。
 部屋に蝋燭の火が灯される。
 すると、部屋の障子に、なにやら巨大な影が浮かび上がったではないか!
 青年は驚き、声を上げそうになるのを、ギリギリのところで我慢した。
(なんということだ。まさか、娘たちの正体は鬼か何かだったのか?)
 青年は生唾を飲み込み、恐る恐る障子の襖を開いた。
「……!」
 青年は声にならない悲鳴を上げた。
中では沢山の鶴が所狭しとひしめき合い、なんと機を織っていたのだ!
 それも、自分たちの羽を抜き取り、糸の間に混ぜて、煌びやかな布を作っていた。
 青年はそっと襖を閉めて、寝床に戻った。
 青年は眠れぬ夜を過ごした。

 青年がくらくらする頭を押さえつつ居間に出ると、
「おはようございます」
 娘たちは何食わぬ顔で、いつものように朝食の準備に勤しんでいた。
 青年は一番小さな娘から、布を受け取った。
 礼を言うと、娘はにぱぁっと笑った。
「きみたちは」
 食卓の席で、ついに我慢できなくなり、青年は口火を切った。
「鶴……だったのか?」
 一瞬の沈黙が訪れる。娘たちの笑顔が固まり、互いに顔を見合わせる。
「実は」
 一人の娘が、隣の娘を指差す。
「彼女が鶴だったのです。正体を見られたものは、この家をさらなければならないのです。なんて悲しい事でしょう」
「え?!」
「え?!」
青年と指差された娘が、素っ頓狂な声を上げる。
「そういうあなたも鶴じゃないですかあ!」
 涙目になりながら、指を刺し返す娘。
「いえいえ。そんな、わたしが鶴だなんて証拠、どこにもないですよ」
 しれっと言う。
「ついでに、そっちとそっちの娘も鶴です。わたしは違いますですが」
「あなたもじゃない!」
「……裏切り者」
 などと、互いに互いを裏切る戦いの火蓋が落とされた。
 青年はしばらく唖然とした後、
「夢でも見たのかもしれないな」
 とぼそりと零した。
 娘たちが、一斉に青年の方を向く。
「「「そうですね!! 疲れてるんですよ!!」」」
「そうだよな、ははは……は」
 かくして青年と娘たちは、なんだかんだで末永く幸せに暮らしましたとさ。

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