小説

『笠地蔵(?)の恩返しっ!』城山秋月(『笠地蔵』)

 ―――不意にドサ、と何か荷物を置くような音が聞こえて、孝は目を開けた。
 真っ暗な天上が広がっているのを見て、今日はとても疲れてしまったことを思い出した。昼間に大雪にあった上、途中で笠を地蔵に被せてきた為に帰る頃には雪で頭が真っ白になっていた。
 早々に床について眠ったので、こんな変な時間に目が覚めてしまった。まだ夜も明けていない真夜中にため息をつき、もう一度眠ろうと目を閉じて横になっていたら、外から変な音が聞こえた。まるで重いものを雪の上に落としたような――。
 そっと音を立てないように布団から抜けると、孝は半纏を羽織った。外に繋がる戸の前に立ち、そっと開けて隙間から覗き見て、目を丸くした。
(・・・・・・・・・地蔵?)
 見覚えのある笠と蓑を着けた地蔵がずりずりと積もった雪を掻き分けて帰っていくのが見えた。
 しばらく様子を伺っていると、ぽんっと小さな音が聞こえて、地蔵の姿がどこにもない。思わず孝は吹き出した。
「ああ、まったく律儀なやつだなぁ。あいつは」
 目に浮かんだ涙を拭って、孝は戸を開けると置かれていた竹籠と袋の前にしゃがみこんだ。中を覗いた孝は、その『中身』に目を丸くする。・・・そしてゆっくりと顔に笑みが広がった。
 どこに行っても人から『表情が変わらない』といわれる孝だったが、あの(・・)子(・)に関する時だけはよく口元を緩めて笑顔になった。
「風邪ひくなよ。お地蔵さん」
 竹籠と袋を落とさないように抱えて、孝は雪の向こうを見つめて言った。

 ――翌朝、前日に大雪が降ったとは思えないほど綺麗に晴れ渡った空の下で、草木に残った雪が光っているを眺めながら、孝はちらりと視線を少し下げて隣を見る。
今日はよそ行きの着物と笠を被ったイチに誘われて、二人で町に向かうことになった。『一緒に庄ちゃんとこに泊まりに行こう』といわれて、孝は珍しく快諾した。普段同じことを言われたら「どうして」と訳を聞いただろうが、昨日の袋いっぱいの餅を思い出してひそかに微笑む。
(・・・・・・もうすぐ、昨日の地蔵の前だな)
 イチに言おうかどうしようか、迷っていることが一つあった。言えばイチはきっとすごく落ち込むだろう。
しかし隣で機嫌よく歌っているイチを見て、イチが歩くたびに楽しそうに揺れる笠を見て、・・・まあなんとかなるかなと思い、孝は口を開いた。
「イチ」
「ん?」
「――鮭と餅をありがとうな」
「・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」
 立ち止ってぽかーんと口を開けてこっちを見ているイチに、なんだか気分が良くてくすくす笑う。
「昨日は驚いたぞ。町で蓑買って帰ってきたら、地蔵が一体増えているんだから」
「えっ!? へっ!?」
「大方俺を驚かせようと待ち伏せしていたんだろうが・・・いつも言ってるだろう? 『風邪は引かないように気をつけろ』って」
 ぱくぱくと口が開閉を繰り返すが、声も出ない様子のイチにはははと笑って告げてやった。信じられない、と呟いたイチに孝は微笑む。
どうやら気がついたようだ。
 昨日地蔵が鮭と餅を持ってくる前から――雪に埋もれている地蔵を見た時から、その正体がイチだとわかっていたことを。
 イチに震える声で確認され、にっこり笑うと、目に見えてイチが落ち込んでしまった。それはそうか。
(イチは地蔵にだけは完璧に変化(へんげ)できる自信があったからなぁ・・・)
「いや、変化(へんげ)は完璧だったぞ? パッと見てもじっくり見ても地蔵にしか見えなかった。ただ今回は、相手が悪かったな」
「・・・・・・ふぇ?」
 目にたっぷり涙を溜めたイチが眉を下げて見上げてくる。孝は安心させるように目線を合わせて微笑んで、言った。
「雰囲気というか、直感というか、なんでかわかるんだ。他の狐や狸や妖怪は知らないが―――イチのことだけは、わかるんだ」
 目をまんまるくしたイチの顔がおかしくて、笑いながら涙をぬぐってやった。朝露みたいにキラキラと輝いていて、綺麗だと心から思った。
「なんでかなあ。どれだけ変化(へんげ)が完璧でも、イチのことだけはわかる自信があるよ」
 相手が悪かったな、というと、イチは真っ赤になって俯いてしまった。
 その様子が、たまらなく可愛いと思った。

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