小説

『笠地蔵(?)の恩返しっ!』城山秋月(『笠地蔵』)

「着いたぁ・・・っ」
 川に流され気を失った後、川辺で目を覚ましたイチは、自分の周りに鮭が散らばっているのを見ると大喜びで竹の籠に鮭を入れていった。
 『どうしてこんな所に鮭がいるのだろう』とか、『さっき流されたはずなのに』というもっともな疑問は頭に浮かんで、すぐに消えた。きっと何かいいことがあったんだろう。
 鮭を手に入れたイチは笠を被って町まで来ていた。人に化けると耳と尻尾が残るイチは、改めて孝に感謝した。笠と蓑で隠れたおかげで、道中すれ違った人間に気づかれることなく目的地に辿りついた。
 目の前にそびえる大きな店の裏戸を叩き、「ごめんください」と声を張った。「はいはーい」と明るい声がした後、ガラッと戸が開いた。
「あれイッチーじゃん。久しぶりー」
「久しぶり庄ちゃん。元気そうでなによりだよ」
 出てきたのは店の主人である庄太郎という名の男だった。親しみやすい人柄と穏やかな口調で、イチの数少ない人間の友の一人だった。
 「こんな夜遅くにどうしたの」と首を傾げる庄太郎は、暖かそうな半纏を着ていた。もう寝る所だったのか、いつもは結い上げている髪が下りているのを見て申し訳なさそうにイチは言った。
「うん、あのね、庄ちゃん。餅を分けてほしいんだ」
 庄太郎の店は餅を扱っていた。元々人間の知り合いが少ないイチだが、餅を用意しようと即決できたのにはこれが理由である。庄太郎なら譲ってくれる・・・というわけではないが、訳を話して頼めばいけるのではないかと思ったのだ。
「ふぅーん。あの孝くんのために、かぁー・・・」
 ・・・思った・・・のだ、が・・・。
「イッチーの頼みなら聞いてあげたいけど、孝くんのためとなると妬いちゃうなぁー」
(ああー、やっぱりか・・・)
 にっこりと美しく――それはそれは極上の笑みを浮かべた庄太郎の瞳は笑っていない。
庄太郎は元々独占欲の強い人間であった。
イチにとっては町で初めてできた友達であると同時に、狐であるイチのことを気に入っ
てくれている貴重な人間でもある。
しかし何年経っても庄太郎はイチが他の友人を作ることをあまりよく思っていないよう
だとイチは思う。庄太郎と孝。どちらも大切な友人で比べることなどできない。
――ただ孝の村の方がイチのいる山に近いところにあり、文字通り『初めてできた友達』であるだけで、しかしそれが庄太郎にとっては気に入らないのだ。
「――僕のほうが、君の事好きなのに」
「え? なんか言った? 庄ちゃん」
「ううん。なんでもない」
 にっこり笑った庄太郎が、今何か呟いたような気がした。
(・・・気のせいかな・・・?)
「ていうかその前に、イッチーお金持ってるの? こっちも一応“商売”だからね。無いなら無いで、いつものように立て替えとくけど」
 最初に葉っぱのお金を出そうとした時から、庄太郎は金銭の関わるお願い事のときは代金を立て替えてくれるようになった。
 どうする?と微笑んだ庄太郎の顔は先程までとは違い、妖しい光を放っていた。庄太郎のほうがイチより高い位置に顔がある分、影もかかって思わず後ずさる。
 『商人』の顔になった庄太郎が聞いているのは立て替えたほうがいいか、ということではないとイチは知っている。今まで庄太郎に頼みごとをするたびに訊かれてきた言外の問い。
それで、、、君はなにをくれるの、、、、、、、、、
 庄太郎の主義は“等価交換”だ。今回庄太郎がイチの欲しい餅をくれる代わりに、代金の代わりに何をくれるのと、そう庄太郎は訊いているのだ。前回は小さな頼みだったので、狐の姿に戻ってもふもふされることで庄太郎は満足した。さて今回は何が来るかとイチは庄太郎の言葉を待った。

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