小説

『かっぱちゃん』うざとなおこ(『河童伝説』)

 じーちゃんが、いった。
「ササオの家は、先祖(せんぞ)代々(だいだい)ヤマムジナと知りあいだ。わしらには見えん。あいつらに、かっぱが見えんようにな」
 てんぐや、海ボウズ、やまんばも、家族によって見えたり見えなかったりするんだって。だから、伝説やおとぎばなしになるんだ。なんだか、むねの奥が、じーんとなった。

 かっぱちゃんがくると、聞いてみた。
「ずっと、ここにいてくれるの?」
かっぱちゃんは、うつむいて口をとがらせた。
「夏のまんなかしか、沼から出られないんだ。ほら、ゆうれいがお盆のころしか出ないみたいにね。春は花びら、秋は葉っぱがおちて、冬は、あたまのおさらが、こおるからね」

 ぼくは、かっぱちゃんと夏休みじゅう、いろんなことしよう!と、こころにきめた。
今日は、野山をかけめぐろう。
「あっ、それどくきのこだよ」
「どーしてわかるのさ」と、かっぱちゃん。
「じーちゃんが、教えてくれた」
「これは?」
かっぱちゃんがさわろうとすると、
「だめっ。オオワライタケ。ぎゃはは!ってわらいながら、おだぶつさ」
「こっちは?赤くて白の水玉だよ」
「ひゃあ~何だこれ。きれい」
あとでじーちゃんに聞いたら、もうどくのベニテングダケだった。赤てんぐの名まえがついてるんだー。
 かっぱちゃんがすんでいるのは、沼ってことも聞いた。沼の魚をとったり、わるさをすると、かっぱ大王に、沼へひきずりこまれるんだって。こわいなー。勉強になります。

 夏休みの自由研究は、なぞの生きものをしらべることにした。でんせつになっている、ネッシーみたいな、いるけどいない生きもののことだ。
「つちのこだな」
かっぱちゃんはいった。
「でも、おれはあったことあるけどね」
どんなのか、紙にかいてもらうと、
「なんだこれ!」
かっぱちゃんは、ふにゃふにゃひょうたんのおばけみたいな、ヘンテコなのをかいて、ぼくは、わらいころげた。
「水の中から見たのさっ」
かっぱちゃんは、ぷんぷくおこったけど、ほっぺたがふくれて、まんまるいみどりの、すいかがおみたい。
「すいかたべる?」
といったら、すぐにごきげんになった。
 かーさんは、すいかをちゃんと、ふたり分切ってくれた。食べおわると、えんがわで、たねとばしをした。すいかの芽、出るかなぁ。

かっぱちゃんといると、宿題もあっという間におわった。
「1かっぱ十(たす)5キュウリ=(は)0キュウリ。食べちゃったからね」
かっぱ界なら、100点だって。
 ぼくも、二学期になったら、100点をとりたい。宿題のこたえを書くと、かっぱちゃんが、
「へええ、そうなんだー。すごいね」
と、そばで見ていてくれるから、すごく早くおわった。絵日記なんか、書きたいことがありすぎて、こまった、こまった。

 ササオはきっと、ヤマムジナ(たぬきのようかいみたいなのって、ずかんにのってた)と、いっぱいあそびに行ったんだろうな。新学期になったら、こっそり聞いてみよう。

 夏休みさいごの日。
「またね」
「じゃあね」
 かっぱちゃんは、まゆげをさげて、少しかなしいかおをしたけど、すぐにオオワライダケを食べたみたいに、ひきつったわらいがおになった。
 あしたも、やって来そうなバイバイをして、はしっていったかっぱちゃん。
 すうっと林の中へ、だんだんすいこまれるように、きえていったかっぱちゃん。
「かっぱちゃん、かっぱちゃーん!」
かっぱちゃんは、もうかえってはこなかった。

 みどりいろの風がやんだ。
心がきゅんとなって、きのうとはちがう、ぼくが立っていた。
 ぼくは、めをつむって、青い風のつもりになる。空に近い木のてっぺんを、さらさらゆらす。
 かっぱちゃんが心のなかで、ぼくに気づいて、大きく手をふりながら、わらった。

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