小説

『オオカミの白い手』こゆうた(『オオカミと七匹の子ヤギ』)

 若い人は大好きよ。だってエネルギーを分けてもらえるから。
 彼女はそう云って玄関のドアを開けた。クモの巣にまみれた幽霊屋敷のような内部を想像していたのに、中は案外こざっぱりしていた。置かれた家具や調度品もどれもこまめに掃除されているのか埃ひとつ見つからない。丁寧に扱われてきた様子が窺えるものばかりで、わたしはほっと息をついた。
「薫、お客さまよ。お茶の準備をお願い」
 階上に声を張り上げると、女性はわたしを応接間へと案内した。返事をするように、階段の先にある大きな振り子時計がぼーん、ぼーんと鳴った。
 ソファで所在なく待っていると、ほどなくして、銀のトレイを持った別の人物が現れた。目の前に座っている白塗りの女性が「薫」と呼んでいた人物だろう。化粧気のない顔に地味な服装、白いエプロンをつけている。年齢は六十代後半から七十代前半といったところか。この家のお手伝いさんかもしれない。
「どうぞ」
 薫と呼ばれる人物は落ち着いた声でそれだけ云うと、あとは黙って紅茶のカップと金色の紙に包まれたマロングラッセの盛られたガラスの器とをテーブルの上に並べた。
「薫、悪いわね」
 ちっとも悪いなんて思っていない口調だ。薫さんは少しだけ微笑んで頷いた。
「すみません、いただきます」
「あたくしたち、双子なの。似てるでしょう?」
 カップを手元に引き寄せながら彼女が云った。
「えっ」
 思わず声を上げ、慌てて「ほんとに?」という台詞を飲み下す。似ているかどうかなど、こんな厚化粧では判る筈もない。何と反応すれば良いのか判らないわたしは、ぎこちない妙な間を埋める代わりに急いで紅茶を口に運んだ。
「おいしい」
 お世辞でなくほんとうにおいしかった。
「ありがとう」
 控えめな態度を崩さず小さく礼を云い、薫さんは静かに部屋を出ていった。双子だというのにまるきり雰囲気が違う。きっと性格も正反対に違いない。
「あの子は薫で、あたくしは都という名前よ。もとは七人姉妹でね。あたくしたちはその末っ子。あとの五人はもう死んでしまったわ」
 一方的にそれだけ云うと、都という初老の婦人はごくごくと紅茶を飲み干した。さっそくマロングラッセの包みを破りにかかっている。その手元を見ながら、わたしは幼い頃に読んだ絵本を思い出していた。オオカミと七匹の子ヤギ。あれは確かオオカミが母親ヤギのふりをするために、パン粉を黒い両手にまぶして子ヤギたちを騙すのだ。
 彼女はそれとは逆だった。あらゆる部分が白いのに、長袖の先に見える手の部分だけが普通の肌の色をしていた。適度にしみの浮いた皺ぶった手のそこだけが、彼女の実際の年齢を表しているのだった。年相応の手が金色の包み紙を不器用に破る姿をわたしはしばらく眺めていた。

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