小説

『いそうろう』冨田礼子(『一寸法師』)

 いつの間にか秋の台風シーズンになっていた。ひどい風にあおられ傘も役にたたない中、ようやく帰り着いてお風呂へ直行。ようやく温まり、人心地がついた。好きなだけ降ればいいさ。どんなお天気だって、私は明日は休み。出かけなくていいんだとぼんやり思いながら髪を拭いていた時だった。そういえばさっきからベランダの窓に何かがぶつかっているような音がするなぁと思ってそっとカーテンを開けてのぞいてみた。
 最初は何も見えなかった。でも、音はわりと下の方から聞こえる。しゃがんで目をこらし、よく見ると、タロウさんが小さなこぶしで精いっぱい窓をたたいていたのだった。
 あわてて窓を開けると彼はまるで転げるように中へ倒れこんだ。あおい顔をして息も絶え絶えな様子に一瞬どうしていいかわからなかったが、自分がそうしたようにとりあえずお風呂だと思い、前に使っていたタロウさん用風呂にお湯をはってあげた。タロウさんはものも言わず、着ていたものをはぎとるように脱いでぐったりお湯につかった。
 「もっと熱くしてくれ」
 ささやくように言うので、少しずつ熱いお湯を足してやり、傷だらけの彼がだんだんピンク色に茹ってくるのを見守った。今までどこで何をしていたのか。どうしてこんな日に出歩いていたのか。聞きたいことはたくさんあったけど、帰ってきてくれただけで、今はもう十分だった。
 タオルを何枚も重ねて脱衣所に置いて、しばらくしてのぞくと、タロウさんはそのタオルの間にはさまって眠っていた。

 チャイムが鳴って目がさめた。
 「着払いの宅配便なんですが」
 「えぇ?なんですか?」
 「こちら気付けでタロウさん宛に小槌だそうです」
 タロウさんは打ち出の小槌を手に入れてきたのだった。

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