小説

『The perfect king』田中りさこ(『裸の王様』)

 ある朝のこと、召使が王様に朝食を運びに行くと、王様はテラスに出て、朝日を眺めていた。それはいつも通りの光景だった。王様が一糸まとわぬ姿であることを除けば。
 この召使は、年頃の若い娘で、男の裸など見たことがなかったので、息をのむと、何度か瞬いた。ミルクとパンの乗った盆を落とさないようにするのが精いっぱいで、黙ったまま入口に立っていると、王様が白い歯を覗かせて、「おはよう」と言った。
 朝日に照らされたその姿が、まるで彫刻のように美しかったので、召使はうっとりと見とれた。はっと娘は我に返ると、失礼を承知で、盆を床に置くと、厨房へと走り戻った。
 厨房にいたコックは、王様に朝食を届けた娘が頬を赤らめているものだから、どうしたことかと気になって、娘に聞いた。
「どうかしたのかい?」
 娘は口を開きかけて、はたと口を閉じた。というのも、この娘には恥じらいというものがあった。娘は「いいものを見ただけよ」と言って、うきうきとした気持ちで、皿洗いに取り掛かった。
 
 その頃、王様は裸のまま、朝食を食べながら、「ああ、あの娘には悪いことをしたなあ」と考え込んでいた。
 仕立屋の提案はこうだった。
―皆の心を確かめたいのであれば、王様がひどく変わったことをすればよいのです。それは、もう周りが飛び上がり、慌てて止めるようなことを。…例えば、裸になるとか。そうすれば、皆、王様に反対するでしょう。
 王様は裸になるなど仕立屋らしい発想だと思いながら、仕立屋の言葉になるほどと納得した。そして、さっそく今日その考えを実行に移した。
 王様が朝食を食べ終わるころ、扉をノックする音が聞こえた。ノックの後に、大臣が一人入ってきた。
 王様は気を取り直し、新たな訪問者に「やあ」と笑顔で挨拶をした。
 この大臣は、非常に正直でまじめな仕事ぶりが有名で、王様も信頼していた。王様は期待して言った。
「何か、変わったことはあるか?」
 大臣はというと、戸を開けた瞬間から変わったことに気が付いた。そして、王様の立派な肉体を見て、内心恥ずかしく思っていた。というのも、この大臣は、健康大臣で、国民の健康に関する仕事を司っているのだが、運動が苦手で、おなかや首に溜め込んだぜい肉を大層な襟付きの服で隠しこんでいた。
 大臣は思った。お優しい王様のことだ。自分の肉体をもって、国民の健康を司る私こそ、国民の模範であるよう健康的な体になるように、と示して下さっているのだ、と。
 そうして大臣は平静を装って、「はい、変わったことは何ひとつありません」と答えた。「今日は特別輝いております」と一言付け加えると、うやうやしお辞儀をし、部屋を出ていった。
 王様は大臣が部屋を去ると、大理石の床に膝をつき、嘆いた。
「なんたることだ。正直者の大臣でさえ、何も言わないとは。私は今までどんなにひとりよがりな政治をしてきたことか」
 けれども、嘆いている時間はない。この後、大臣たちからの報告会と会議があるのだった。

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