小説

『リバーサイド』柏原克行(『賽の河原』)

時代も遷り変われば、現世のみならず、あの世の事情も変わってくる。
ここは三途の川にある賽の河原。
嘗ては親よりも先に死んだ子供が“親不孝”という罪を償う無間地獄であった。
人類があらゆる面で様々な進歩を遂げた今、親よりも先に死ぬ事が罪であるというならば彼等の犯した罪は時代が生んだ冤罪とも呼べるものなのかもしれない。

「どうも始めまして。賽の河原を取り仕切る役目を閻魔大王様より仰せつかりました。獄卒めにございます。さてここ三途の川にある賽の河原は、親より先に死んだ子供たちに親不孝の報いとして苦しみを受けさせる場として知られています。子が親より先に死ぬ事ほど親不孝はありません。しかし二十一世紀に入り、ここ賽の河原も以前とは様変わりをしてきたようで…。」

 
夜という訳でもなく、周りに霧や靄が立ち込めている訳でもなく…視界が悪い。
風も無くジメジメとした生暖かい、それでいて音さえも呑み込んでしまいそうな物静かな薄暗い空間が広がっており、数メートル先も同じ景色が続いている。
現世の何処を探してもこの様な場所は見つけられないであろう…
まさに地獄の一丁目と呼ぶに相応しい無間世界だ。
そこにいる罪人達は皆、他に干渉することもなく黙々と河原の石を積み上げてせっせと供養の石塔を造っている。それは親に対する先立った事への罪滅ぼしとして子供達に科せられた作業である。一般的にこの石塔を完成させれば彼等の魂は解放され、親不孝の罪は赦されるとされている。だが我ら賽の河原の鬼はそれをさせはしない。彼らが積み上げた石の塔が完成に近付くとそれを壊して回るのだ。それが我ら獄卒の唯一の仕事である。何故そんな無慈悲な事をするのかと問われれば、こう答えるだろう。『それだけ親不孝の罪は重いのだ。』と…。
彼等が犯した罪はその親の死を以ってしか消えることはないのである…。

私は今日も巡回の任に当たっていた。完成間近の石塔を崩して回る。
嘗てここ賽の河原では親を思い咽び泣く子供の声以外、我らの耳に届く声など有りはしなかったものだが、昨今の賽の河原ともなれば違うようだ。
その声の主に目をやると驚くことに幼い子供だけではないようである。賽の河原にいるのは年端もいかない子供達であると相場が決まっていたのはもう過去の話なのである。

「あ~、もうアカン。こんなんやってられへん。」
「おい重治!ほら休んでないで石を積み上げなさい。」
「もう嫌やねん。積み上げたところでどうせまたあの鬼達に崩されるだけやろ?その繰り返しやんけ!何の意味があんねん!」
「最近の若いもんは何事も直ぐに投げ出しおるからいかん。爺ちゃんの若い頃は…。」
声の主は3人の罪人で各々、子供と呼ぶには相応しくない風貌をしている。
彼等は何を間違ったのか親よりも先に死んだ子供達に紛れ、この賽の河原で罪を償わされている大人なのである。
一人は黒いライダーススーツに身を包んでいる青年、伊豆見重治(いずみしげはる)
もう一人は何故か見た感じ登山家のような格好をしている初老の男、伊豆見重雄(しげお)。
そして3人目は来るべき所を間違えたのか死に装束を纏ったヨボヨボの爺、伊豆見重蔵(しげぞう)である。三人はその顔つきから見ても孫、親、祖父の血縁関係であると容易に想像がつく…。
彼らもまた、他の子供たちのように河原の石で塔を造る作業を科されているのだ。
「もうどれくらいになる?ここで俺達が石の塔を造り始めて…。」
うな垂れるように重治は足元の石を掴み三途の川にほうり投げた。
「何年になるだろう?いや何十年、何百年とここでこうしている気がするよ。」
重雄はキッチリとした性格からか寸分のズレもなくキレイに石を積み続けている。
「あーっ、しもうた…。またやっちまったわい…。」
方や重造は二人に背を向けて胡坐をかき一人で何やらせっせと作業をしている。

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