小説

『カモノハシの卵』空家和木(『浦島太郎』)

 ある日、翔の家に伯父が訪ねてきた。翔はいつも来るたびに、楽しい遊びを教えてくれる伯父のことが大好きだった。
「また、大きくなったんじゃないか? もうすぐ小学生か、早いもんだな」
「もう、子供じゃないもん!」
 翔は得意気に、ビニールカバーの被った新品のランドセルを伯父に見せてあげた。伯父はそんな無邪気な翔を手招きした。そして、伯父はとっておきの話をする時のように、翔の耳元でひっそりと囁いた。
「今日の遊びはすごいぞ。新しくなったばかりの遊園地に招待しに来たんだ」
「やっ……!」
 大声を出そうとした翔の唇を伯父は手で掴んだ。
「なんだかカモノハシみたいだな」
 伯父は笑いを堪えているようだ。翔はカモノハシのくちばしを思い浮かべて、唇を掴まれたまま、首を何度も横に振る。
「もう笑わせないでくれよ」と伯父は唇から手を離した。「さっきのは大声を出すなってことだったんだ。パパとママには秘密の冒険にいくんだから」
 翔は「秘密の冒険」という言葉を、絵本の中では聞いたことがあった。が、これは絵本の話ではない。翔は自分が物語の主人公になったような気分だった。
 伯父は続けて、こう話した。
「伯父さんが元気ない時に、いつも翔には元気をもらったからな。そのお礼さ」
「へへへ」
 翔は満面の笑みを浮かべた。その顔を見た伯父も笑っている。
 翔の伯父は、東京から少し離れた場所で遊園地を経営していた。最近、その遊園地をリニューアルしたばかりだという話は、翔も両親からは聞かされていた。
「さっ、それじゃあ、準備しろ。今から出発するぞ」
 翔はリビングの方を気にしながら、黙って敬礼をした。
 冒険への準備はすぐに整った。前もって伯父から知らされていた翔の母が、翔のリュックサックに必要なものを用意しておいてくれたからだ。そうとも知らない翔が鼻歌交じりに階段から下りてくる。そして、両親はできるだけ自然な感じを心掛けて、二人のことを送り出した。
 伯父の車に乗り込み、エンジンがかかると翔は、「しゅっぱぁぁぁぁぁつ!」と抑えていたワクワクを声にした。車はその声に驚いたように動き出し、遊園地へと向かって走り出した。

 翔は大きなあくびをして目を覚ました。最初は張り切ってはいたが、途中で車が渋滞にはまると、さすがの翔も飽きてしまい、眠ってしまったのだ。
「おーい、着いたぞ」
「……う……うん」
 翔はまだ眠い目をこすりながら車から降りると、辺りの暗さと静かさに驚いた。翔の目の前に見える遊園地も真っ暗で門も閉まっている。
「伯父さん、今日はお休みなんじゃないの?」
 翔が少しだけ不安を口にすると、伯父はにこっと微笑んで、門を押しながら言った。
「まさか……今日は貸切だ!」
 次の瞬間、反射的に翔は目を瞑った。
 
 ゆっくりと目を開いた翔は驚いた。
 まるで、ケーキの上に立てられたロウソクのように優しく暖かなライト。
 まるで、止まっていたオルゴールのねじを巻いたように動き出すアトラクション。
 まるで、映画のダンスシーンで流れているような楽し気で愉快なミュージック。
 翔の前にはいくつもの「まるで」が広がっていた。ここはまるで……
「夢の国へようこそ!」
 翔が思うよりも早くその言葉を口にしたのは、サンタクロースだった。真っ白い髭を生やしたおじいさんが立っている。季節外れではあったが、翔には本物のサンタのように思えた。サンタの隣にはトナカイもいた。本物ではなく、トナカイの着ぐるみをきたおじさんだ。トナカイは、ピエロのような赤鼻をつけている。
「ここは、本当に夢の国なの?」
「そうさ。ここにはなんだってあるんだ。時間の許す限りに遊んでいっておくれ。なぁ、トナカイ」
 サンタがトナカイに同意を求めると、トナカイは、うんうんと頷いた。その時、翔はさっきまでいたはずの伯父がいないことに気がついた。
「あなたは本物のサンタさん? ねぇ、僕の伯父さんはどこ?」
「そうとも。私はサンタで、この遊園地で一番えらい人さ。今日は、君の伯父さんから遊園地の案内を頼まれたんだ。君は秘密の冒険をしに来たんだろ? だから、心配することはない」
 翔は伯父はいなくなったが、「秘密の冒険」という伯父との合言葉を信じることにした。それに伯父のことだから、きっとどこかに隠れているのだ、と翔は思った。
「うん! サンタさんお願いします」
「いい子だ。そして、いい顔をしてる。今日は素晴らしい冒険になりそうだ。さぁ、いこう」
 翔はサンタとトナカイと手を繋いで歩き出した。遊園地には、色々な格好をした人がいる。ライオンに、ペンギンに、海賊に、忍者に……さながら仮装パーティーのようだ。日本人以外もちらほらいる。

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