小説

『赤いスカーフの女』清水健斗(『赤ずきん』)

 夜の街を走る一台の車。ドライブをしている男女。よくある風景だ。
 対向車のライトに小橋和也は少し目を細めた。そして、車線変更するため、ウィンカーをならした。カチカチとウィンカー音が車内に響く。あまりの静けさに和也はちらっと助手席を見た。
 頬杖をつき冴島涼子は窓の外を眺めていた。
 長く美しい黒髪。色白な肌に映える真っ赤なスカーフ。窓外を流れるネオンが妖しく涼子を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「……なんか、森に迷い込んだみたい」
「え?」
「ネオンが蛍みたいに見えて。ほら、よく童話とかであるじゃない?」
「じゃあ、涼子ちゃんは迷い込んだヒロインだ」
「え? どの話だろ?」
 和也の方に顔を向け微笑む涼子。
「そうだな……」
 フロントガラスに写る真っ赤なスカーフが目に入った。
「赤ずきんかな?」
 和也の言葉を聞き、スカーフに目をやる涼子。
「流石に、派手過ぎだったかな……」
「そんなことないよ」
 いかにもそう言ってほしそうな表情だったので、優しく声をかける。
「私が赤ずきんちゃんなら、和也君はオオカミだ」
「男はオオカミってこと?」
「そっ。襲わないでね」
「はいはい」
 話を合わせ、場の空気を和ます和也。
 涼子との出会いは、SNSを通しての物だった。お互いの事がまだよくわからない状態の時は、相手に話を合わせていい顔をしておけばいい。和也はそのへんには長けていると自負していた。
「なに、ニコニコしてるの?」
 涼子の声で、和也は自然と笑みをこぼしていた事に気付いた。
「なんでもないよ」
 それは嘘だった。涼子の言っている事は間違っていないと和也は思った。なぜなら、和也自身、涼子の事を食べようとしているオオカミそのものだったからだ。

 しばらく走り市街地を抜けたため、窓外のネオンもまばらになってきていた。
「ねぇ、これってどこに向かっているの?」
 徐々に人気が無くなって来たので、さすがに少し不安になったらしい。
「とっておきの場所さ。星空が凄く綺麗に見える場所なんだ」
「……」
「うまくいけば流れ星も見えるし、絶対気にいるよ」
「そうやって、何人も連れて行ってるの?」
 まるで寒波が通ったかのような感覚が和也の身体を襲った。
 和也の話を遮る形で放たれた言葉は、今までに聞いた涼子の声とは明らかに感じの違う、冷たく鋭いものだった。ハンドルを握る和也の手は鳥肌が立っていた。
「どうしたの?」
 今までと変わらない涼子の声だった。
「いや、なんでも無い……」
 気のせいだったのか?和也は恐怖を振り払うかの様に車のスピードを早めた。

 山道に入り、窓の外は暗闇が支配していた。さっきの件があってから和也は言葉を発せなくなっていた。
「これ・・・」
 静寂を破ったのは、涼子の方だった。涼子は足下に何かを見つけ手に取った。
 手に握られていたのは、キーホルダーだった。ハンドルを握る和也の手に力が入る。
「かわいいキーホルダーね」
 和也は涼子の手から慌ててキーホルダーを掴み取った。
 かなり勢い良く奪い取ったので、変な目で見られると思ったが涼子は平然としていた。
「これ、妹のだ。探してたんだよ。ありがとう」
「妹さんいるんだ、意外」
「……」
「私にも妹がいてね、これと同じの持ってた」
 まただ。
 やや甲高い涼子の声が、二トーンぐらい低くなる。一言で言えば違和感。いや狂気だろうか?
 ハンドルを握る手に溢れ出る汗がその証拠だ。
 この重く淀んだ雰囲気を変えたい。その一心で、和也はラジオをつけた。

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